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留学だより

当科では、たくさんの先輩方が海外留学をしています。そのいくつかをご紹介いたします。

留学だより 2
カリフォルニア州・City of Hope滞在記1

(2012年入局) 森 瞳美

アメリカ カリフォルニア州 ロサンゼルス City of Hope (その1)

はじめに

 カリフォルニアの魅力と言えば、雲ひとつない青い空、そして広大な海でしょうか。  私は、大学院腫瘍研究室在学中の2018 年9 月から、日本学術振興会の特別研究 員(DC1)として、ここカリフォルニア州にあるCity of Hope に留学しています。


City of Hope のメインエントランス。
噴水の上の親子像 “Spirit of Life”が、施設のシンボルマークです。

先進的ながん研究拠点・City of Hope

 海岸沿いに位置するロサンゼルス国際空港から車で1時間ほどの距離にある、内陸の町デュアルテ。エンジェルズ・ナショナル・パークの雄大な山々を 望むこの小さな町に広大なキャンパスを構えるCity of Hope は、癌に特化した複数の病院と研究所からなる非営利組織です。 キャンパス内には、全米総合がんネットワーク(NCCN)設立当初からのコア施設でもある総合がんセンター(アメリカ国立がん研究所 NCI から 支援)および、 ヘルフォード臨床研究病院(国立医療センター)をはじめ、生物医学遺伝センター、大学院、そして私が所属するベックマン研究所などが立ち並び、 病院との連携を生かした研究が盛んに行われ、全米を代表する先進的かつ大規模ながん研究拠点となっています。 キャンパス内には、コミュニティガーデンや日本庭園が美しく整備され、エキゾチックな多肉植物や芸術作品も見ることができます。木陰のベンチは、 患者さんやその家族、研究者やスタッフにとって、治療や仕事の合間にほっと一息つく、やすらぎの場になっています。 City of Hope の名前通り、希望を感じさせる明るく爽やかなキャンパスを歩くと心も体もリフレッシュされ、研究に励む気持ちを高めてくれます。

国際的で刺激的な研究環境・Shiuan Chen 研究室

 私が師事しているがん生物学分野のShiuan Chen 教授は、ホルモン療法耐性乳癌に対する研究の第一人者であり、基礎研究から臨床試験への橋渡し研究に 熱心に取り組んできました。特に、再発乳癌腫瘍からPatient-derived xenograft (PDX)モデル、およびオルガノイドを作成し、 治療耐性乳癌のメカニズム解明と新たな治療の開発に努めています。近年は環境ホルモンに注目し、大規模な動物実験により乳癌予防の研究においても成果を上げています。 現在は私を含め、中国、台湾、韓国、日本などアジア各国から集まった7名の研究者でプロジェクトを進めています。 乳腺外科医、腫瘍内科医、病理医、獣医、基礎研究者、薬剤師と、様々な経歴のメンバー同士が、それぞれのバックグラウンドを生かした知見を交換しながら 協力して研究に取り組む刺激的な環境です。学生やインターンの受け入れにも積極的で、若手教育に熱心な教授や同僚から、学ぶことの多い毎日です。


San Antonio Breast Cancer Symposium 2018 にて。
左から筆者、Shiuan Chen 教授、久保 真先輩、同僚のTony Tzeng 医師。

新たな乳癌治療法をめざして

 さて、私の研究テーマは、「ホルモン療法耐性エストロゲン受容体陽性再発乳癌に対するエストロゲン療法」です。 これだけ聞くと耳を疑われるかもしれませんので、もう少し詳しく説明します。 ホルモン受容体陽性乳癌に対しては、まず内分泌療法が行われますが、 再発後の長期内分泌治療によりホルモン療法耐性になると、化学療法が必要になります。ところが近年、 いくつかの小規模な前向き臨床試験において内分泌療法感受性閉経乳癌のアロマターゼ阻害薬耐性症例を対象にエストラジオール(E2)投与の 臨床的治療効果が報告されています。しかし、エストロゲン療法の有用性・安全性はまだ確立していないため、私は、以下の二点を目的に研究を開始しました。

1)E2 がホルモン療法耐性乳癌の発育を抑制するメカニズムの解明
2)E2 有効群を特定するバイオマーカーの開発

Chen 研究室では、E2 投与の治療効果がみられるホルモン療法耐性PDXモデルを既に確立していましたので、このPDXモデルに対しE2を投与し、 治療後の腫瘍を回収したところ、タンパクレベル・RNA レベルでER、PR、HER2、AR、Ki-67に変化がみられました。次いで、逆相タンパクアレイ、 RNA シークエンスで腫瘍全体の変化を捉えました。さらに、腫瘍組織から5000個ほどの単一細胞を分離し、シングルセ ル解析を行いました。癌組織は、 非常に不均一な組織です。個々の細胞の遺伝子変化 を捉えることで、集団細胞の平均的なデータでは不明瞭な部分を明らかにすべく、目下奮闘中です。 また、腫瘍から作成したオルガノイドに対しても薬剤試験を繰り返し、in vitro のデータも解析中です。この研究成果により、既存の安価な薬剤が、 一部のホルモン療法耐性再発乳癌に対する生存率を向上させると期待されます。 将来的には、九州大学や関連病院と第1相、第2相臨床試験の共同研究を実施できればと考え ています。

日々を大切に

 今回の留学には、外科医である夫と、現在6歳と4歳の娘も同行してくれました。 新たな環境で現地の幼稚園と保育園に通うことになり、どうなることかと心配しましたが、友達もたくさんでき、毎日笑顔で過ごしています。 日々、感謝の気持ちでいっぱいです。休日にはアメリカでしかできない思い出をたくさん作ろうと、国立公園や博物館、お祭りにでかけるなど、 家族で充実した日々を送っています。
職場や地域コミュニティ、子供たちの学校などで多様な人々と交流するなかで、英語でのプレゼンテーション・コミュニケーションの難しさに悩まされることや、 文化の違いに戸惑うこともありますが、人としても研究者としても成長して帰国できるよう、これからも精進する所存です。
2020年8月までは、City of Hope で研鑽を積む予定です。学会やご旅行でロサンゼルスにいらっしゃることがありましたら、ぜひお立ち寄りください。

おわりに

 この場をお借りして、貴重な留学の機会を与えて下さった中村雅史教授をはじめ、これまでご指導や留学のアシストをして下さった久保真先輩、 甲斐昌也先輩、そして研究にご協力くださった諸先輩、後輩のみなさん、関係者の方々に心から感謝申し上げます。

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