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研修・入局案内

留学だより

当科では、たくさんの先輩方が海外留学をしています。そのいくつかをご紹介いたします。

留学だより 5
海外便り

(2010年入局) 肥川 和寛

アメリカ マサチューセッツ州 ボストン ベス・イスラエル・ディーコネス・メディカルセンター

はじめに

 2018年3月末より、マサチューセッツ州ボストンのHarvard Medical Schoolの関連病院の一つである Beth Israel Deaconess Medical Center (BIDMC)のPing教授の研究室に留学させて頂いております平成22年入局の肥川 和寛です。 早いもので2年が経過致しました。簡単ではございますが、これまでの経過を報告させていただきます。


ラボのあるBIDMC(左)とその病院の廊下で(右)。
COVID-19治療に対する感謝の言葉。医療従事者はヒーローです。

ラボについて

 Pingラボは中村教授が留学されていたラボで、前任の小薗さんの後を引き継ぎ留学させていただいております。 ラボではPing教授が初めて報告されたPin1を中心に癌、アルツハイマー病・脳血管疾患、炎症性疾患の三つに主眼をおいており、 私はCancer groupに所属し、後輩の岐部くんと共に膵癌及び膵癌微少環境におけるPin1の機能解析、 Pin1をターゲットにした治療薬の臨床応用を目指して研究を行なっています。 タンパク質のリン酸化は細胞の分化、増殖といった数多くの機能を調整する重要なメカニズムの一つですが、リン酸化されたタンパク質がその後、 どのように機能を変化させるのかについては十分に明らかになっていません。Pin1はユニークなプロリン異性化酵素で、 WWドメインを介してリン酸化されたタンパク質のSer/Thr-Proモチーフに特異的に結合し、 プロリン基のtransとcisの異性化を引き起こすことでターゲット蛋白の機能を制御しています。Pin1は多くの癌腫において高発現で、 これまでにPin1が60以上の癌遺伝子を活性化し、30以上の腫瘍サプレッサーを不活性化するのに重要な働きを担っていることが報告されており、 Pin1 をターゲットとした新規抗癌剤開発に対する期待は非常に大きく、癌治療戦略の新たなブレイクスルーとなる可能性を秘めています。 これまでの約2年間で、膵癌細胞、膵間質の膵星細胞 (Pancreatic stellate cells; PSCs)におけるPin1の役割を解明し、Pin1が膵癌細胞の増殖だけでなく、 PSCsの活性化にも大きく関わっていることを明らかとしました。Pin1阻害剤は複数の癌経路を介し、膵癌の分化・増殖を抑制するとともに薬剤感受性を向上させ、 さらにはPSCsの制御を介して、膵癌微少環境を大きく改変することがわかり、他の膵癌治療薬と組み合わせることで、 劇的に膵癌に対する抗腫瘍効果を示すことができました。現在、これらの結果をまとめて投稿すべく毎日ボスとディスカッションを重ねております。 また、臨床研究グループとも協議を行い、臨床研究についても検討しております。臨床応用までには簡単な道ではありませんが、 自分の研究成果を臨床につなげることができる可能性があるというのはとても感慨深いものがあります。この研究の成果が将来的に、 少しでも膵癌患者治療の手助けになれば、これほど光栄なことはありません。


昨年夏にPing教授宅でラボメンバー、家族とバーベキュー。
中央がPing教授と奥様のXiao.

COVID-19流行の影響について

 生活についてですが、世界中に甚大な影響を与えているCOVID-19の流行のため、ここ数ヶ月はとても大変な時期を過ごすこととなりました。 マサチューセッツ州は人口約650万人ほどですが、ピーク時には一日に2500以上の新規感染者が出て、 私のラボに併設する病院(BIDMC)には200名以上も入院されていました。ラボも学校も閉鎖になるなどして閉塞感がとてもありましたが、 病院やPing教授からの手厚いサポートもあり、私も家族も、特に問題もなく過ごすことができ非常に感謝しております。学校もすぐにオンラインに移行し、 息子の幼稚園(pre-K)も週に3回Zoomで授業が開始になりました。また、臨床ではCOVID-19に対して、抗ウイルス薬をはじめ、 抗炎症薬や抗血栓薬なども初期の段階から積極的に臨床試験を開始し、その計画や結果についても病院内でオンラインセミナーの形で報告があるなど、 状況がクリアでわかりやすく、非常に勉強になりました。さらに、ラボでの研究に対しても、数多くの助成金が企業などからあり、病院も患者の臨床データ、 検体を研究に応用できるように対応してくれるなど、COVID-19に対する研究が瞬く間に行われるようになり、アメリカの対応の早さには感銘を受けました。


COVID-19の流行前はたくさん旅行にも行きました。
マサチューセッツ州の夏の風物詩、タングルウッド野外音楽祭。 ボストン交響楽団の演奏を芝生の上で聴くことができます(左上)。 ニューヨークUS OPENテニス(右上)。ヨーロッパも近く、ボストンからわずか4時間、アイスランド レイキャビック(左下)、6時間でイギリス ロンドン(右下)。

ボストンの研究環境について

 ボストンにはハーバード大学、マサチューセッツ工科大学をはじめ、多くの大学、研究機関があることから、世界中からたくさんのポスドクが集まってきており、 皆ここで成果を残して、自分のラボを持つことや、大学や企業に就職しようと、大きな目標を持ってがんばっております。 私も、外科医であることを忘れたことはありませんが、ここではプロの研究者として、他のポスドクたちと同様に、 必ずこのプロジェクトを成功させると強い決意をもって研鑽を重ねて参りました。同じモチベーションをもつ多くの友人ができ、 そんな友人たちと切磋琢磨し頑張れたことは私の大きな財産です。私がこのようにPingラボでスムーズに研究を行うことができたのも、 中村教授、小薗さんがこれまでに築いてくださったPing教授との信頼関係があってだと思います。Ping教授は研究に対してとても情熱があり、 私の意見にもしっかりと耳を傾けて聞いて、親身になって指導してくださります。ラボの研究費もしっかりと確保されており、 非常に安定した恵まれた環境で留学生活を送らせていただいていると日々感謝しております。いまの状況下での留学は難しいかもしれませんが、 Pingラボもポスドク募集中ですので、後輩たちにもぜひチャンスがあるならチャレンジしてほしいと思います。

最後に

 最後になりましたが、今回の貴重な留学の機会を与えてくださり、またPingラボでの膵癌プロジェクトにご支援くださりました中村教授をはじめ、 これまでにご指導くださった水元先生、大内田先生、諸先輩方、同期や後輩、留学について来てくれた家族など、 多くの方々に支えられて今回の留学ができていますことを深く感謝致します。

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